『小金井通信』 2024年4月 ◆「月刊ライト」2007年8月号

【アーカイブ】「月刊ライト」2007年8月号  (取材・小柳博之)


「ワイド・インタビュー」
 山口裕之損保ジャパン執行役員経営企画部長に聞く
 
《プロフィール》やまぐち・ひろゆき 昭和54年4月安田火災(現・損保ジャパン)入社。経理部長や法人顧客向け商品開発に当たる企業商品業務部長を経て、今年4月執行役員経営企画部長。昭和31年2月生まれ、51歳。東京大学経済学部卒業。


 保険金の支払い漏れという出口の見えない迷路に迷い込んでしまった感のある保険業界――。「身から出た錆と括る」とひと言だが、そろそろこの2年来の膨大な労力をテコとして攻勢に出る時期が来ているのではないか。
 人は、後ろを振り返ったときから老いがはじまるという故事がある。もしそうだとすれば、今回の出来事は保険業界が老年期に差し掛かったことを意味するかもしれない。いつまでも若々しく、そしてみずみずしくあるためにはいったどう在るべきか。
 損保ジャパンの山口裕之執行役員経営企画部長に、一連の保険金支払い漏れの顚末について伺った。         (取材=編集部・小柳)
 

――保険金の支払い漏れなど一連の不払い問題と昨年の行政処分について振り返っていただきたいと思います。
 山口執行役員: 今回の保険金の支払い漏れは、一昨年(2005年)9月に金融庁から自動車保険の付随的保険金の支払い漏れについて調査・報告するように指示があったことが発端です。損保26社は、翌10月にこの報告を行いました。金融庁は11月、26社に対して業務改善命令を出しました。当社にはこの期間と重なって、金融庁検査局の立ち入り検査が入りました。そして翌年(2006年)5月25日に行政処分を受けました。
 この処分内容は、6月12日から2週間にわたる損害保険契約の締結および募集行為の禁止などいくつかの業務停止を中心とするものでした。この第一の原因は、自動車保険の付随的な保険金支払い漏れですが、当社では金融庁の要請に基づき2005年10月に報告を行いました。ところが再調査の結果、さらに調査漏れが見つかりました。
 第二は、生命保険販売に際して社員が親族、家族、友人等の名前を借りたことです。その後の社内調査では、家族、友人等は事前に了解していたことが判明しました。しかし保険料を立て替えて契約締結を行っていました。こうした不適切な行為が確認できました。
 第三は、海外拠点においてお客さまからの要請に基づき同じリスクに対して内容の若干異なる保険証券を二重発行していました。またこれに関する社内報告が正しく行われておらず、こうした甘さがいわゆるガバナンスの欠如とご指摘を受けました。
 第四は、当社山口支社をはじめいくつかの支社及び代理店において他人名義の印鑑を保有し、それを使用して不適切な契約手続きを行っている事例が認められました。架空契約ではありませんでしたが、お客さまの信頼を損なう不適切な行為であることに変わりありません。
 大半は、いわゆる更改契約です。代理店は、お客さまに電話で〝前年通りの契約内容でよいでしょうか〟と確認したあと、申込書をお客さまに送付することなく、手元の印鑑で捺印していました。また一部代理店では、お客さまの確認を取らずに更改契約を行っていました。
 行政当局からは、保険会社としてこれら事実を把握し、根本的な原因究明を行ったうえで手を打つ態勢が出来ていなかったとのご指摘を受けました。このほか個人情報の管理態勢の不備など、いくつかご指摘をいただきました。
 さきほどお話しした自動車保険の付随的保険金の支払い漏れは、2005年11月に損保26社に業務改善命令が出て、当社はその翌年(2006年)5月25日に行政処分を受けました。損保26社はその後8月に、再調査のうえ報告するよう指示を受けました。
 損保各社は10月に、この報告を行いました。これに対して行政当局から翌11月に、調査範囲をさらに拡大して報告するよう指示がありました。この報告時期は、個社の状況を勘案してよいということでしたから、各社は今年2~6月にかけてそれぞれ報告を行っています。当社は4月に報告を行いました。
 また、これとは別に昨年7月、金融庁から第三分野の支払い漏れや告知に関する調査・報告を行うよう指示がありました。各社は昨年10月末に、この調査報告を行いました。そして今年3月、損保10社に対して業務改善命令と一部業務停止命令が出ました。
 当社でも業務改善命令が出た会社と同様の事象が見つかりましたが、業務改善命令の対象にはなりませんでした。行政当局からは、昨年5月の行政処分によってとくにコーポレートガバナンスを中心に経営態勢の改善、刷新が図られており、これを着実に実行するようにとのご指導をいただきました。
 昨年12月にはもう一つ、火災保険の入り口部分について、例えば「2×4」およびマンション料率の割引適用で不備が明らかになりました。いわゆる割引の適用漏れです。これについても報告が求められ、当社を含め30社が報告を行っています。
 
――保険金の支払い漏れ発覚後、この2年ほどの経過について伺いましたが、どうしてこうした問題が起きてしまったのかというのが率直な気持ちです。
 山口執行役員: これにはいくつかの要因があります。現象面でお話ししますと、商品や特約をたくさん作りすぎたことが一因です。
 わが国の損害保険事業は1998年秋に自由化されましたが、この時に当社を含めて業界全体がこの意義を取り違えてしまったことに根本的な問題があると考えています。
 損害保険の自由化は、そもそもどうして必要かと言えば、お客さまに一層のメリットを提供するためであったはずです。ところが損保業界が目指した方向は、業界内競争激化でした。また損害保険の自由化には、商品・特約の「多様性」と「料率」の二つの側面があります。各社とも他社が持っていない商品・特約の開発競争に陥ってしまったわけです。
 ですから、自社にない商品を他社が開発したと聞くと、すぐに類似の商品・特約を作りたい、あるいは少しでもそれを上回る商品・特約を作りたいと考えました。他社が開発した商品のマーケットでの認知度が著しく高まると、自社の商品が大きく劣化するという危機意識です。お客さまのニーズがどれだけあるかよりも、とにかく他社を横目に見ながら商品・特約を作る方向へ向かいました。
 そして、自由化の究極として、保険料率競争の激化に備える必要があると考えました。他社よりも低い料率を出すためには、競争できる環境を整える必要があります。
 要するに、事業費率を抑制することでした。料率を下げると、損害率は必然的に上がります。損保事業管理の重要指標であるコンバインドレシオは、損害率と事業費率の合計で成り立っています。したがって事業費率を下げることで、料率競争への対応力を強化しようと考えました。こうして各社は、事業費率の削減へ走り始めました。
 事業費率削減のもっとも効果的な手段はリストラ(人減らし)です。しかし事業費実額を下げても、収入保険料が下がると事業費率は下がりません。したがって販売低下に結びつく営業社員の削減よりも、その他部門の削減が優先され、本来、お客さまとの接点として、一番大切な保険金支払い部門も削減の対象になりました。
 こうした側面について論理的に考えれば、取り扱う商品や特約の数を増やし、その一方で保険金支払い部門の人員を削減するのですから、矛盾が生じることは明らかです。ところが行政当局からご指摘をいただくまでこの矛盾に気付きませんでした。業界内での競争に目を奪われていたと言っても過言ではないと考えています。
 
――損保ジャパンではこうした反省に立ち、その後どういった取り組みを行ったのでしょうか。
 山口執行役員: 本来のお客さま目線で何が出来るかについて考えました。当社では、業界内競争激化に対する危機感から、とにかく結果を求めました。例えば、社内で人事評価する時あるいは組織評価する時でも、プロセスよりも結果重視の方向で会社全体を走らせていました。印鑑の取り扱いは本来、営業社員が丁寧に代理店を指導しなければなりません。しかし結果重視の方針ですから、プロセスへの関与が不足していたと認識しています。
 一番の反省は、当社の論理で突き進み、最も大事なお客さまの真のニーズ把握が会社運営上おろそかにされていたという点です。したがって当社の業務改善計画のポイントは、当社や損保業界の内向きの論理のみで物事や方針が決まることを排除することでした。
 ですから、コーポレートガバナンスを強化する狙いで、社外の目線を重視しました。こうして昨年8月、社外の有識者のみなさんによる「指名・報酬委員会」と「業務監査コンプライアンス委員会」を立ち上げました。
 毎月1回のペースで議論していただき、ご意見、ご助言をいただいています。例えば、指名・報酬委員会では、役員評価制度はどうあるべきかについて議論して頂きました。「保険会社は、営利企業であり利益を求めがちだが、企業倫理はその大前提としてより大事である。倫理観をどれくらい持っているかを役員評価の際には採り入れるべきである」と、内向きの経営や発想からは絶対に出て来ない助言を得ています。理想的な議論とも言えます。経営側もこうした考え方を真摯に受け止めて、新たな枠組みを構築しています。
 最近の議論では、役員、取締役の選任プロセスに対して、より一層の透明性、客観性が不可欠との意見を頂戴しました。今年の株主総会に提出した取締役候補者は全員、この指名・報酬委員会で面接して頂きました。同委員会からは、来年度以降は人事コンサルタントを活用し、役員の選任プロセスについてより透明性、客観性を保つための議論を行うべきとの提言を受けています。従来とはまるっきり異なる発想です。
 例えば、経営者の人事権が強すぎると、誰も経営者に本当のことが言えなくなります。業務監査コンプライアンス委員会では、こうした側面やコンプライアンスの基本方針はどうあるべきか、また実効性のあるコンプライアンスの仕組み等について議論していただいています。業務監査部門を増強するようご助言をいただいたため、現在増員を図っています。
 また、トップダウン型の経営から、経営者が社員の声を聞ける風通しのよい組織へと変革していきたいと考え、いくつかの取り組みをスタートさせています。
 その一つは、「Two-Wayミーティング」です。佐藤社長は昨年から、営業現場を訪ね担当者と面談しています。本社以外の部支店は全国に126ありますが、社員は会を重ねるごとにフランクに、ある意味では厳しい意見や質問を佐藤社長にぶつけるようになってきました。こうした形の面談を継続するかについては未定ですが、役員が社員の声を聞く制度として定着させていきたいと思っています。
 もう一つは、社員モニター制度として「ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)」を導入しました。社員いきいきコミュニティが一番大きなサイトですが、ここには現在1300名ほどの社員が登録しています。実は当初、〝愚痴の言い合いになる〟とか、〝規律が乱れる〟と危惧する声もありました。
 ところが、いざ蓋を開けてみると、〝今こんな工夫を行っています。みなさんもぜひやってみては!〟といった建設的な意見が多く寄せられています。損保ジャパンには、まじめな社員が多いことが分かりました。(笑い)
 例えば、保険契約の意向確認について〝こういうところを整備して欲しい〟とか、〝こういうマニュアルを作って欲しい〟といった要望が寄せられています。業務に直結する生の声が届く仕組みを構築することができたと思っています。もちろん経営陣にも開示しています。
 このほか、地区や地区部店主導の「感動創造ミーティング」を推奨しています。地区本部長や部店長はこうした場合、ファシリテートしなければなりません。したがって経営企画部では、ファシリテーションのテクニカルサポートを行っています。
 
――こうした活動は、今後も継続していくのでしょうか。
 山口執行役員: もちろん継続して取り組んでいきます。7月中にはナレッジマネジメントのシステムを営業部門中心にリリースします。社内のコミュニケーション・ツールには「ノーツ」があります。これは、本社からの連絡や情報等を一方的に発信するシステムです。これを双方向に切り替えることにしました。
 例えば、本社の商品業務部があるツールを開発し、この情報を発信したとします。このツールが果たして本当に役立つか、また分かりやすいかはワンクリックで返すことができます。また検索機能としてグーグルを導入し、生産性をアップしていきます。
 業務運営面での緊急課題である、保険金支払い漏れの強化策として、支払い部門の要員を増強しています。05年度末は約5900名でしたが、06年度末には約6600名へ増員、今年度末には約7200名体制へとさらに600名ほどの増員を予定しています。
 一方、保険金支払い部門のさまざまな課題に関する経営陣の関与が薄かったとの反省に立ち、保険金支払い部門であるSC(サービスセンター)に関する経営課題を協議するための「SC品質向上小委員会」を立ち上げました。ここでは、SCの課題について毎月1回ペースで議論しています。
 
――事業費率を下げるためにいったん削減したSC部門を再び増員するわけですが、人事面の手当てはスムーズにいくのでしょうか。
 山口執行役員: 要員数面では、全社要員計画の最優先課題と位置付け取り組んでおり、計画通りの拡充が出来ています。一方、営業部門とSC部門との意識、認識の共有が重要との観点から、部・店長クラスを含め両部門での人事交流を図っています。今年4月と7月の人事異動では、かなりの入れ替えを行いました。営業とSCの連携を図らなければ、単に出口だけの強化にとどまってしまいます。入り口は、商品の統廃合をすればそれでよいということではありません。販売と支払いのマッチングが肝心です。
 ただし、この大切さは、単に言葉では伝わりません。そこで人材の入れ替えで対処します。営業に精通している人材をSCに配置する一方、SCに精通している人材を営業に配置することで、比較的短期間のうちに融和を図るという考え方です。
 
――第三分野商品の支払い漏れや告知に関する調査報告によって今年3月、損保10社に対する業務改善命令と一部業務停止命令が出ていますが、この取り組みについても伺いたいと思います。
 山口執行役員: 第三分野商品を中心とした無責や免責によって保険金支払いを拒絶した案件が本当に正しいかを議論する「保険金等審査会」を創設しました。弁護士や医療関係者にメンバーとなっていただき、毎月1回開催しています。しかし月に1回では足りず、したがって今年度から顧問弁護士を中心としたメンバーによる「本部審査会」を立ち上げました。経営資源の配分として、支払い態勢に重点を置いています。
 
――支払い態勢に重点を置いた経営資源の配分というお話ですが、将来的に事業の足を引っ張る要因とはなりませんか。
 山口執行役員: 事業費率は、一定幅で上がると思います。しかしそれは出口や内部監査を中心に、お客さま目線での業務運営を考えれば、本来それくらい必要だったという水準です。まず、お客さまからの信頼を回復することに全精力を傾けます。そして仮に競争が必要であれば、もう一度競争することになるでしょう。
 しかし、この〝競争の視点〟において過去の間違いを切り返さないことが重要です。とにかくお客さまに選ばれる保険会社を目指していきます。このお客さまに選ばれる保険会社とは、やはり適切な保険金支払いや丁寧な説明を行う保険会社です。従来、コストだと思っていた部分により力を入れなければなりません。
 これは、個社問題というよりも業界的な課題です。ですから、懸念材料とは思っていません。むしろ、お客さまの期待に応える機能をどれだけ強化できるかの競争ではないでしょうか。
 
――商品やサービスを絞る動きは、こうした流れの中では必然的な要求です。つまり募集・引き受け・支払い三位一体態勢による商品開発が不可欠という考え方ですね。
 山口執行役員: 社内に「商品委員会」を立ち上げています。ここでは、商品開発部門の担当役員に加え、コンプライアンス部門の担当役員、保険金支払い部門の担当役員、さらに営業企画を司る担当役員等も加わって議論します。こうした議論の現在の方向は、商品の統廃合です。
 今後の商品認可では、商品自体よりも、商品を適切に保険代理店を通じてお客さまに説明できるような態勢と周知徹底期間、さらに保険金支払いがスムーズにできる態勢の整備ができていなければ難しいと考えるべきでしょう。
 
――今回の保険金の支払い漏れに端を発した一連の作業等によって将来、失うものが生じた可能性はありませんか。
 山口執行役員: 基本的には何もありません。確かに一連の作業の結果、商品やサービスの仕組みの開発で、当初計画より後ろにずれたものがあるかもしれません。しかし、そもそも私たちや業界がやらなければならないことは、お客さまから信頼される会社・業界になることです。これが最優先です。
 したがって、ここを未完成のままにして、いくら新しい商品やサービスの仕組みを構築しても用を成しません。ですから、失ったものがあるという認識は全くありません。
 ただし、コストは掛かりました。この先も掛かります。しかし本来必要なコストであり、今まで掛け足りていなかったコストと考えています。
 
――ユーザーや保険代理店から寄せられた声があれば教えてください。
 山口執行役員: 「お客さまの声白書」を現在制作中です。近く公開する予定です。お客さまの声は、コールセンターを中心に30万件ほど寄せられています。もちろん苦情ばかりではありません。〝商品の中身が分からないから教えて欲しい〟といったような要望です。
 こうした声に対して、きめ細かく対応する社内の仕組みを今整えています。この一つとして昨年7月、佐藤社長直轄の「お客さま相談室」を開設しました。お客さまからいただいたさまざまな声を課題として受け止め、この対策を担当部に指示する態勢を作りました。
 これとは別に、何らかの対策を早急に要すものとして苦情をチェックしています。1年間で1万3000件ほど寄せられます。こちらは、保険金の支払いに関する案件です。
 また、代理店の声を集約する仕組みも社内に設置しました。重要なことは、いただいた声に応えて、お客さま目線でさまざまな業務面の改善を行っていくことです。この仕組みの強化に今取り組んでいます。
 行政処分を受けてから1年が経過しました。正直申し上げて、業務停止は大変に辛い経験でした。お客さまには多大なご迷惑をお掛けし、代理店にも苦労を共有してもらいました。今、お客さまからの信頼を克ちえるという本質的な競争のステージを迎え、全ての業務プロセスにお客さま目線をビルドインすることで、この競争のフロントランナーになりたいと強く念じているところです。