『小金井通信』 2024年3月 ◆「月刊ライト」2006年3月号
【アーカイブ】 「月刊ライト」2006年3月号 (取材・小柳博之)
「ワイド・インタビュー」
天谷知子 金融庁監督局保険課審査室長
料率自由化後の損保商品を考えると、リスク細分型自動車保険に見られるように著しい進化を遂げている。一方、生保商品も第三分野の大手社への解禁や銀行窓販の解禁、或いは高齢化社会対応(生存給付型商品のシェア拡大)など多様化の一途を辿っている。
こうしたわが国の保険市場の動向から判断すると、保険会社は今後一層熾烈な商品開発競争を繰り広げることが予測される。もちろん商品開発競争自体は否定すべきものではない。新商品は、顧客の潜在ニーズを引き出すとともに、市場を活性化するメカニズムを担っている。しかし、ダンピングや低価格競争に陥ると話は別。こうした競争の末に、例えば担保範囲やサービス等で虚偽や偽装へと発展すると由々しき問題である。こう考えると、保険商品への疑問は尽きない。
金融庁の天谷知子監督局保険課審査室長に、金融庁の保険商品審査のあり方、とりわけ料率審査に対する考え方についてお話しして頂いた。 (取材・構成=編集部・小柳)
《プロフィール》あまや・ともこ 昭和61年4月大蔵省入省。証券局資本市場課を振り出しに、銀行局では調査課課長補佐、銀行課課長補佐、総務課課長補佐(金融市場室担当)を歴任している。また平成8年5月から3年間、ベルギーのブリュッセルでEU日本政府代表部一等書記官だった。帰国後、11年7月から当時の金融監督庁で長官官房企画課課長補佐を務めている。14年7月金融庁総務企画局国際課企画官、16年7月からは監督局保険課審査室長を併任している。昭和38年東京生まれ。東京大学法学部卒業。週末の日課はスポーツクラブでのリフレッシュ。オペラ三昧だったブリッセル時代は懐かしい思い出。
――保険課審査室の業務内容について掻い摘んでお話しして下さい。
天谷審査室長: 保険課審査室は審査室の名称が示す通り、保険商品の審査業務を行っています。保険商品に関する保険業法の規定では、約款、事業方法書、保険料及び責任準備金に関する算出方法書を金融庁に提出することになっています。ですから、保険会社が新しい商品を販売するとき或いは商品内容を変更するときには、こうした法定書類の内容変更が必要になります。この変更に関する審査が基本的な業務です。
審査室では、こうした個別の商品の商品性に関する案件のほかに審査の前提となること、例えば参考純率に関することも取り扱っています。
――新しい保険やサービス等が認可される手順について具体的にお話しして下さい。
天谷審査室長: 金融庁では昨年8月に保険会社向けの総合的な監督指針を策定しました。法令に書かれている手続き基準に加え、この監督指針に照らし合わせて商品審査を行っています。監督指針にも、各保険会社の創意工夫を活かし、と書いてありますが、商品審査の基本的な考え方として、この商品はこうでなければいけないということはありません。お客さんは千差万別ですから、さまざまな商品があっていいわけです。と同時に、こういうタイプの商品にはこういうことが問題になるねという経験があるわけで、そうした注意事項が監督指針に整理されています。
では、従来型でない全く新しいタイプの商品の時はどうするかですが、今までの商品と違うことによって潜在的に抱えているであろう、問題点について留意していきます。それは、例えばお客さんにとっての問題点かもしれませんし、また保険会社にとっての問題点かもしれません。そういう問題点の一つひとつについて本当に考えているか、或いは考えたことによって導き出された結論に基づき一定の対策や答えを出しているかといったプロセスを保険会社と確認していきます。新商品の場合にはとくにそういう作業が重要です。
――保険商品の価格は、損害率や事業費によるため保険会社により異なるわけですが、この審査基準について教えて下さい。
天谷審査室長: 基本的な考え方として、合理的な根拠に基づいているか否かで判断します。保険会社ごとにお客さんも、また引き受け方針も違うわけですから、当然、実績も異なることでしょう。ですから、各社がどういう根拠に基づいているのかは大切なポイントです。自社データだけで商品価格を決めることもあるでしょうし、さまざまな一般データを引っ張り出さなければ決められないこともあるでしょう。
そこで、利用されているデータがどういうものかを見極めることが大切です。もう少し具体的に言えば、最新データがあるにもかかわらず、古いデータを使っているかもしれません。もっと端的に言えば、自社に都合のよいデータだけを引っ張り出しているかもしれません。価格を審査する際には、〝こういうデータの使い方は、合理的とは言えないんじゃないの〟ということになります。
単に表面的な数字だけをみて、他社より高いからおかしいとか、その反対に安すぎるからおかしいと判断することはありません。むしろ、〝10年前の商品と同様の数字を使いました〟といった場合には、10年前に開発し10年間販売してきて何の問題もなかったのか、今もその数字が使えるのかが問題です。〝10年間の実績を見せて〟と要求することもあります。
――保険会社とキャッチボールしながらの商品審査になるわけですね。
天谷審査室長: そういうことですね。
――例えば、このデータはどうも? と思うような事案があったとします。そうなると、何回もキャッチボールすることになりますね。審査期間も長くなりそうですが。
天谷審査室長: そうですね。どのくらいの審査期間を要するかについては、全く新しい斬新な商品か、パターン化した商品かによっても異なりますが、各会社が社内でどの程度吟味したかにも左右されます。先ほど申し上げましたが、商品設計にせよ或いは価格にせよ、商品審査の相当程度は商品開発にあたって社内で論議したであろう内容の再確認にほかなりません。社内で徹底的な議論を経ていると、〝これはどうなっているか〟と伺っても、間髪を入れずにすでに社内で検討した答えが出てくるでしょうから、審査期間はそれほど延びないでしょう。その逆に社内での詰めが甘ければ、審査中の質問や要求事項に対し、なかなか明快な答えが返ってきませんから時間がかかります。
あまりにもひどければ、こちらとしては〝この程度のことも社内で詰めていなくて、きちんと検討がなされているのだろうか?〟と思ってしまいます。こうなると、データの適切性以前に、その会社の態勢そのものに疑問を持つことにもなりかねません。
昨年8月に、従来のガイドラインから「保険会社向けの総合的な監督指針」へと切り換えましたが、この監督指針に「商品開発に係る内部管理態勢」という従来のガイドラインにない新しい項目を組み入れたのは、今申し上げたような問題意識からです。商品審査にあたってはまず、その商品が持っている潜在的な問題点についてお尋ねします。例えば募集する時には何に気を付けるべきか、或いは経営的な問題は何かなどです。
しかし、こうしたことは、商品開発にあたっている保険会社として商品の認可申請前にまず、二重三重に議論することです。またしっかりとした内部管理態勢があってこそ、お客さんの多様なニーズに応えられる多様な商品を開発、提供できます。今回の監督指針には、こうした思いを込めています。
――損保商品は料率の自由化後、かつてのような業界統一商品ではなくなりました。多様性のある商品が生まれることはユーザーにとって歓迎すべきことです。しかし、細部が少しずつ異なる商品が林立すると、どれが優れているか否かで判断に窮する心配もあります。
天谷審査室長: 商品審査という観点から言えば、各保険会社がお客さんのニーズに応えようとした結果、さまざまな商品が生まれてくるのは自然な流れです。
ただ、一方で、もともと保険商品というのは複雑で理解しにくい面があることに加え、あまりにいろんな商品があると、どう判断していいか分からないということもありえるでしょう。
今、金融庁では、実務家や有識者などからなる「保険商品の販売・勧誘のあり方に関する検討チーム」を設けていますが、このチームの問題意識はまさにここのところにあります。私も、この会合に参加しています。チームの議論は、商品審査そのものについてという部分はあまりないのですが、商品が違えば、販売・勧誘についての問題点も違ってくることも多いことから、商品の視点と販売・勧誘時における視点は切り離せません。
チームは昨年7月に、保険商品の販売・勧誘時における情報提供のあり方についての取りまとめを行っており、これを踏まえ金融庁では、保険商品を理解するために必要な情報をまとめた「契約概要」や、注意すべき事項をまとめた「注意喚起情報」をお客さんに提供するように求めるための監督指針作りを進めていますし、業界では消費者向けの手引きを作りました。今チームでは、適合性原則について議論していますが、さらに適正な比較広告についても検討事項に挙がっています。
――4月から付加保険料率が無審査になりますが、そうなると純保険料率を審査するにあたってのポイントは何でしょうか。
天谷審査室長: 純保険料率については先ほどお話ししましたが、データの合理性が重要です。例えば、データは自社の経験によるものか、或いはさまざまな一般的な資料に基づいているのか。そして、そうしたデータを合理的に使っているかが基本的なチェック項目となります。とくに、すでに長期間にわたって販売している商品との類似性があれば、そうした商品の最近の実績に照らし合わせているかについて加味します。
付加保険料率の定量的な審査を外す理由はこの裏返しです。付加保険料率は、個社の経費によってくるわけですが、ある商品を販売する時の1件当たりの経費がいくらかかるかといった内容については、客観的なデータの判断になじみづらいことです。
そのため、事故の発生率のようなものと違い、事前審査にはなかなかなじみません。そこで事前チェックにエネルギーを割くよりも、むしろ事後的に極端な過不足が生じていないかどうかをしっかりモニタリングするほうが効率的と考えました。
――商品審査とは直接的な関係ではないかもしれませんが、例えば自動車保険の損害サービスはパンフレットでみる限り、どこの保険会社のサービスもほとんど遜色ないように思います。そして保険会社の規模や販売方法の如何を問わず、ほとんどの会社が同様の商品・サービスを提供できることは説得力に欠ける面があります。もちろん中には有料サービスも含まれるでしょうが、何しろパンフレットベースで商品性の優劣を見分けることは至難です。
その一方、すぐに売り止めになるサービスや特約もあります。商品審査のポイントについてお伺いしたいと思います。例えば行政として、新設間もない特約をどうしてすぐに売り止めにするのか、この経緯について尋ねたりするのでしょうか。
天谷審査室長: 確かに保険会社で試行錯誤されている特約はあると思います。発売したもののすぐに商品改定するもの、或いは次の特約へと移行するものもあります。
一般的に、申請があればその理由をお伺いしますから、ある商品について「完全に売り止めにします」という変更であれば、「どうしてですか」と聞くことになりますが、その詳しい経緯まで必ず聞くという類の話ではありません。新しい商品を出した後に古いものから移行していくことことはよくあることです。また新商品を作る時は、「以前のある商品に対し、お客様からこういった指摘がありました。したがってこれに基づき改善した結果がこれです」というパターンが出来上がっていることもあります。
――保険会社が採用するデータには、〝これは正しい、これは間違い〟という判断になじまないものも含まれるように思いますが。
天谷審査室長: 判断できるかできないかという以上に、その商品が売り出される前に何らかの判断をすることのほうが、販売開始後にチェックするより有効か否かということではないでしょうか。データの合理性についての判断の決め手はなく、ああでもないこうでもないとこね返し、想像の下に議論するよりも、実際にやってみた実績をしっかりとフォローし、もしおかしな点が見つかればその時に修正するほうが有効なこともあるでしょう。
逆に、例えば事前の判断が難しいことでも、事後では取り返しが付かなくなる恐れがあるとすれば、取り返しが付かなくならない程度までの判断がなければなりません。実は、このバランスが肝心ではないでしょうか。先ほどの付加保険料率の話も、そういうふうに考えると分かりやすいと思います。
――医療保険で発売当初は、支払い日数無制限だったものが発売後、制限日数のあるものに商品性を変更したという事例もありますが。
天谷審査室長: これは何日でなければいけないとか、何日だといいとかの、いわば〝正邪〟話ではありません。結局、会社にとってどれだけリスクのある商品を作るかは、翻って言えば、その会社にリスクを引き受ける覚悟があるか、またその動向をモニタリングし必要な応対を取る姿勢があるかにかかわります。長期にわたってきめ細かくモニタリングするとなると、それだけの覚悟、態勢が必要です。引き受けようとするリスクとそれを管理するための態勢、そのバランスが取れているか否かが問われます。
――すぐに売り止めにするような、或いは支払い要件を変更するような商品を作ることは得策でないと思っていましたが、必ずしもそうとは限らないようですね。
天谷審査室長: 新商品を開発し、販売するには一定のコストがかかります。ですから、試行錯誤することを否定するつもりはありませんが、試行錯誤の繰り返しばかりでは会社としても困るでしょう。商品開発するからにはそれなりの検討と覚悟が必要でしょう。また先ほど監督指針について触れましたが、商品開発にあたっては、それを十分吟味するための社内の管理態勢が求められます。やって駄目ならやり直せばいいと気楽に考えていいという話ではありません。
――天谷さんは、国際室の業務を併任していますが、保険との絡みで言えば、IAIS(保険監督者国際機構)のお仕事に携わっていますが。
天谷審査室長: このIAISは、保険監督者間の協調の促進や国際保険監督基準の策定を目的とした各国の保険監督当局の集まりです。国に数で言うと100余が参加していますが、メンバーは国ではなく、監督機関で構成されていて、国によっては保険監督権限がいくつもの機関に分散しているため、同じ国から複数の機関がメンバーとなっていることもあります。
IAISの事務局は、スイスのバーゼルにあります。各国の保険監督者が集まり会合を持つわけです。しかし、いつもバーゼルで会議を開催するわけではなく、むしろ持ち回りで会議を持つことのほうが多いでしょうか。また、この事務局は10人余からなる事務局であり、例えば国連本部のように多くの独自のスタッフがいるわけではありません。手作りの組織です。
――IAISにはそもそもどうして携わることになったのでしょうか。
天谷審査室長: 14年7月に総務企画局国際課企画官に着任しました。16年7月に監督局保険課審査室長と兼務となりましたが、引き続き国際課の仕事を行っています。IAISは国際課、現在は国際室へと名称変更されていますが、この企画官として担当することになりました。
――14年7月からというと、役所としては長いですね。
天谷審査室長: 国際室は4年目になりました。国際関係の仕事は、よその国の人たちと付き合うことが大切です。海外では、一つの仕事に長く携わるのが一般的です。したがって1、2年の人事異動では信頼関係が構築できず、ある程度長くやることが必要です。
――IAISの活動について掻い摘んでお話しして下さい。
天谷審査室長: 最近の一番のテーマは、ソルベンシー評価についての国際的な共通指針作りです。昨年10月には保険会社のソルベンシー評価のための共通の構造及び共通の基準の策定に向けて、この財務的基準についての基礎となる考え方を8項目に取りまとめました。いわゆる「コーナーストーンペーパー」の策定です。
ソルベンシーの評価については、先進国だけとっても、日本と米国とEUではそのやり方が大きく違います。
そこでIAISでは、これと共通化できないかという議論を行っています。「枠組みペーパー」「コーナーストーンペーパー」を策定する中で、リスクをきちんと反映したものでなければいけない、透明性が確保されなければならないなど基本的な考え方について盛り込みました。
そして今、〝さあ、いよいよ具体的な基準を作くりましょう〟という段階に差し掛かっています。
――実際の議論は、どのように進められるのでしょうか。捕鯨をめぐる国際会議では、日本はいつも孤立無援ですが、そういったぎくしゃくするような局面もあるのでしょうか。
天谷審査室長: 小委員会レベルでは10~20人、専門委員会では30~40人くらいで話し合います。保険監督の議論の場合は、捕る、捕らないといったようなまったく正反対の議論を展開することにはまずなりません。各国の保険監督者にとって、保険会社を監督するには、どうすれば一番上手くいくかが最大の課題です。とくに国際的に議論するとなれば、国を跨いで活動する保険会社をどう監督するかが関心事項になります。ですから、各参加者の基本的な発想はほとんど同じです。
そういう意味で、基本的な考え方についてもめるような性格の議論ではありませんが、具体的な中味については意見が異なる場合はあります。そんな時完全に孤立するまでいってしまうと、その国の監督制度そのものに対する不信感、またひいては、その国の保険会社に対する不信感にもつながってしまうわけです。
ですから、この問題はこれ以上議論しても孤立するだけで勝ち目がないと思えば、妥協を図るようになりますから、自ずと議論の流れが出来ていきます。 (了)