『小金井通信』 2024年7月 ◆「月刊ライト」2006年12月号

【アーカイブ】「月刊ライト」2006年12月号(取材=編集部・小柳)


「ショート・インタビュー」  

 あさひ・狛法律事務所 滝本豊水弁護士に聞く
 
 〈プロフィール〉たきもと・とよみ:1972年4月大蔵省入省。1998年内閣法制局参事官、1993年銀行局保険第二課長、1994年銀行局保険第一課長、1995年証券取引等監視委員会特別調査課長、1997年証券取引等監視委員会総務検査課長、1998年米国スタンフォード大学アジア太平洋研究所研究員、1999年大蔵省大臣官房審議官を経て、2000年弁護士登録。東京大学法学部卒業。1949年7月生まれ。


●滝本弁護士は大蔵省時代、保険第二課長(損害保険担当)、保険第一課長(生命保険担当)を歴任し、保険第二課長時代の1993年には日米保険協議に携わりました。この日米保険協議から、わが国保険市場の自由化あるいは郵政民営化など一連の規制緩和措置がスタートしました。滝本さんは当時、どういった認識あるいは考え方でこの交渉にあたったのでしょうか。

 滝本弁護士: おっしゃる通りです。それまでの金融行政は、いわゆる護送船団方式でした。強い規制下ですから、大きなトラブルは起こりえません。金融の一端を担う保険業界も同様で、例えば保険会社が破綻する事態は想定外でした。全ては、秩序の中で粛々と行われていました。
 ところが、ちょうどバブル経済が弾け、いわば激動期のとば口で、日米保険協議はスタートしました。その後、競争激化の中でビッグバン(1996年)を迎えました。米国並みに自由化するべきという流れに乗り、規制緩和は加速していきました。
 私は当時、「保険は他の金融商品と異なり、複雑な要素を有している。したがって、他の金融分野よりも強い規制が必要ではないか」と日米保険協議で主張しました。一方的な規制緩和を行うと、市場に混乱をもたらすという考え方です。
 とくに損保商品は、算定会料率の下で料金もサービスも同一だったわけです。ダイレクト販売も、テレマーケティングも認めない厳しい規制を設けていました。保険代理店も同様で、厳しい規制を設けていました。
 わが国のこうした規制に対して、「あまりにも規制が強すぎる。事業者の創意工夫を生かすため、商品も料率も規制緩和するべき」と米国は主張しました。
規制を緩和すると、「保険会社の財務上の問題や消費者保護を欠くおそれもあり、かえって規制強化しなければならなくなる」と、われわれは反論しました。ところが、ビッグバンの大きなうねりの中で、この主張は大幅な譲歩をせざる得なくなりました。この結果、規制緩和という自由化を行うと、逆に規制強化しなければならなくなるという課題が残りました。
 また、今回の一連の保険金不払い問題では、「(行政は)規制緩和だから、どんどん商品を作ってくださいと言っていたじゃないですか」という関係者の声を耳にします。自由化を推し進めることはやぶさかではありませんが、支払い等の態勢は十分には整っていなかったわけです。
 例えば、第二分野に対する私の考え方は、「第一分野と第三分野には定額払い商品があります。ところが、第二分野の損保商品には本来、定額払い商品はありません。保険業法上もそうです」。こうした中で、みなし実損定額払いの費用保険金などが認められます。
 要するに、現在起きている一連の事態が招来するであろうことは、当初から予見できました。想定の範囲内といえるものではないでしょうか。
 行政も、保険業界も、規制緩和の方向性はよい流れであり、いろいろな商品を作り競争することは美徳であると思っていた節があります。しかし、はたと気付くとそのつけ(・・)が届いていました。いったい誰が悪いのか、支払い態勢を整えずに商品開発した保険会社だけが本当に悪いのでしょうか。
 一方、旧体制下では、「保険金請求がなければ、保険会社の支払い義務は発生しない」というスタンスです。要するに、こうした環境下で定額払いの費用保険金を続々と認可しました。したがって、保険金不払い問題はまさに起こるべくして起こりました。ですから、特定の保険会社が悪いと断定する種類の問題ではないかもしれません。
 日米保険協議で始まったビッグバンの締め括りは、銀行窓販と郵政民営化です。日米保険協議の発端から起算すると、保険のビッグバンは15年の歳月を要し、一応の完結をみることになります。
 これを総括すると、「大幅な規制緩和は必要。でも大きな見直しも必要で、消費者保護の観点では規制強化も必要」でしょうか。つまり、規制緩和を唱える一方、規制強化も行わなければならず、こうした二律背反の様相が昨今の混乱した状況を端的に示しています。
 例えば、金融商品取引法をみても、企業向けは確かに大幅な自由化が進んでいます。ところが個人向けは、説明義務・適合性原則に象徴されるように、とても厳しくなっています。規制緩和すると「弱肉強食で弱者である高齢者等の消費者は被害をこうむり」、規制を強化すると「貯蓄から投資へという流れは進まず」、まさに痛し痒しです。
 
●社会的責任や自己責任が問われる時代へと移行しているとはいえ、大手保険会社が横並びで行政処分を受ける現在の事態はいささか違和感を禁じえません。
 滝本弁護士: 行政処分については例えば、同じようなことが以前あり、そのとき行政指導や業務改善命令にとどまっていたなら、今回の業務停止命令は厳しい処分といえるでしょう。
 もちろん、行政は、時代の変化を考慮しなければなりません。かつては「まあそんなこともあるか」と見られていたことでも、現在は厳しい目でみられることもあります。
 また、行政処分が厳しくなることは、例えばコンプライアンスが厳しく受け止められている、あるいは消費者保護が厳しくなっていることであり、想像に難くありません。
 しかし、それにしても、「たまたま検査があり、厳しい処分に至った」では、納得感は得られません。不公平感が出ることはよくありません。
 処分の基準がはっきりしなければ、「以前は大丈夫だったのに、いったいどうして今回は業務停止なの?」ということにもなりかねません。また、「処分の基準を教えてください」と金融庁に尋ねても、その基準を明示しない、あるいはできないとなると、もやもやした気分は増幅されるように思います。行政当局は、常に国民・マーケットに対し、説明責任を果たすことを第一に考えるべきです。
 日米保険協議やビッグバンが始まった頃と現在では、行政のスタンスは確かに違っています。かつては護送船団行政でしたから、金融当局と業界は事前に話し合いを持ち、その仕切りを決めていました。例えば損保業界では、種目ごとに横断的な会合を持ち、そこで枠組みを決め、それを行政に持ち込むような形でした。
 単に、カルテルとひとくくりにできない側面を有していた思われます。こうした方法では、確かに創意工夫は生まれないかもしれません。しかし、各社が勝手に何かをすることはできません。したがって、間違いは少なかったわけです。これが損保業界の特性でした。この横断的な会合を廃止し、縦串で会社のガバナンスが利くかかといえば、この態勢は残念ながら追い付いていません。
 例えば、損害サービスの担当者や自動車保険の担当者は、どうしてよいか分からないことがあっても、周囲や業界には相談する相手はなく、また当局にも相談できないため、「自分なりの判断で対処する」事態に至ったとしてもおかしくありません。
 また、損保会社の体制は、その当時の状況と基本的にはあまり変わらず、専門部門ごとに独立した形態が残されていると思います。したがって、縦串というガバナンスは利き難くなっています。こうした状態で商品開発を進めると、損害査定部門やコンプライアンス部門、募集部門との十分な議論を重ねないまま商品開発することになり、商品開発担当者の目ではよかれと思うことでも、部門間の調整が上手くいっていないことは多々あります。
 この結論は、規制がなければ創意工夫はしやすくなります。その反面、十分なチェック態勢がなければ、大きな落とし穴が待っていることが分かりました。また保険分野は、次々と新しいことに飛びつくべきではなく、より慎重であるほうが賢明なことも分かりました。さらにチェック態勢のないままに推し進めることはよくないという反省材料も見つかりました。
 以前から感じていましたが、「損保業界は新しいことが認められると、それに飛びつこうと前のめりになる」と言われますが、それも影響しているかもしれません。
 
●保険業界の、一連の不払い問題では、生保型の不払いと損保型の不払いの二通りがあります。これを同一視し、「不払い」とひとくくりにするのは乱暴という声もあります。
 滝本弁護士: 世間では、一連の「不払い」問題を画一視しますが、この中にはいろいろな問題が含まれます。明治安田生命の「不払い」問題は、本来支払うべきものについて意図的に拒むようなケースです。しかし、告知義務違反があったか否かでその解釈を裁判で争うようなケースや、過失割合を争うようなケースもあります。
 そして、損保会社の臨時費用保険金の「不払い」問題は、「支払い漏れ」というべきでしょうか。主たる保険金のおまけ、損害の証拠(領収書)も必要なく、おまけとして付いている定額払い保険金の不払いがあげられます。臨時費用保険金は、「請求が行われてから支払う性格の保険金だから、何らかの確認が必要ではないか」といった議論も俎上に上りました。
 要するに、臨時費用保険金はおまけですから、おまけの付け忘れまで不払いの議論に当て嵌まるかといった考え方です。最近の金融担当大臣の会見でも、意図的な不払いではなかったという発言もありました。単に、事務ミスとして片付けることはできないにしても、繰り返しますが、自由化するにあたってその態勢が整備されていなかったことが大きな要因ですから、悪意のある不払いと一緒くたにして議論することは少しおかしいように思います。さらに、事故が起き保険金請求がないとき、どこから保険会社の責任になるのか明確な基準が示されていない問題もあります。
 また、最近は、さまざまな医療保険が出ています。通常の死亡保険金の告知義務違反では、数千万円単位で保険金が出る出ないの大きな問題に発展します。ところが、こちらは「契約後すぐに入院した」といったことが問題に発展します。これを根拠十分でないのに、告知義務違反として1日1万円の入院給付金の支払いを拒むケース、保険金始期以前に発病しているとして支払いを拒むケース、あるいは告知義務違反が行われても仕方がないほど募集時に杜撰な説明だったケースなどです。
 医療保険は、保険料が安くて簡単に加入できることから、各社は競いさまざまな商品開発を行いました。しかし、その支払い態勢は整っておらず、とくに損保会社はこうした傾向が強いと感じます。長期の医療保険は、損保会社にとってなじみが薄い分野であり、こうした中で不払いやトラブルは続出しました。