『小金井通信』 2024年7月 ◆「月刊ライト」2004年6月号

【アーカイブ】「月刊ライト」2004年6月号(取材・構成=編集部・小柳)


  森 義治 伊藤忠インシュアランス・ブローカーズ社長に聞く
 
 伊藤忠グループからのビジネスをほとんど当てにできない環境下で出発した、伊藤忠インシュアランス・ブローカーズ (IIB) だった。文字通りゼロからスタートし6年が過ぎた。この6年間は、保険代理店との差別化のために費やした試行錯誤の日々だった。そして、保険仲介者としてのブローカーにとどまることなく、各種コンサルやキャプティブ・レンタキャプティブ、ART、共済、商品・制度開発、事務受託など、顧客のあらゆるリスクマネジメントおよびこれに付随する業務に関するソリューションが提供できるブローカーを目指してきた。この研鑚により、高い専門性と卓越したスキルを持つ専門家集団としてのポジションを固めつつあるIIBの森 義治社長に、IIB設立からの歩みや戦略、ブローカーとして生き残るために何が不可欠かなどについて忌憚なく伺った。(取材・構成=編集部・小柳)


  新たな保険流通ネットの構築
 
――IIBの会社概要から、お話ししてください。
 森社長: IIBは1997年10月の創立で、 同年12月から営業を開始しました。現在、役員3名、従業員24名(総合職15名、 事務職9名)の、合わせて27名の陣容です。収入面は、ブローカレッジとフィーを合わせて4億~5億円の規模です。1人当たり1000万円から1500万円を目安にしています。
 創業に際しては、①「顧客が求める分野のプロの育成」、②「顧客起点・顧客本位の基本行動基準と現場主義の徹底」、③「保険会社、顧客に対する機能および付加価値の創造」の3つを企業理念に掲げています。また保険代理店と異なる保険ブローカーとしてのビジネスモデルの確立と、保険流通ネットワークの構築に取り組んできました。ニッチ分野やリスクコンサル、あるいはニーズ対応・開発提案、フィー、アライアンスとアウトソースなどがこのキワードです。
 いわゆるノンマリンについては、グループ会社である伊藤忠保険サービスが伊藤忠とグループ会社を含めて担当します。またマリンについては、伊藤忠の保険部門である海上保険部が扱います。では、伊藤忠と伊藤忠保険サービスとIIBの仕切りはどうなっているかですが、伊藤忠保険サービスは社内およびグループ内の保険販売にほぼ限定していますから、IIBはそれ以外の事業会社を対象に販売するというスタンスで、1997年に設立されました。またわが国にブローカー制度が導入され、保険料率が自由化されていく中でビジネスチャンスが拡大するであろうという読みもありました。
 
  住宅完成保証制度の開発で活路見出す
 
――いきなりグループ以外の企業を対象に、保険販売に乗り出すことになったわけですが、いったい何に活路を見出したのでしょうか。
 森社長: とにかくいろいろなことにチャレンジしました。エステの賠償責任保険や映画の完成保証、ペット保険、美術品保険とありとあらゆるジャンルを手掛けました。要するに、とくに何かがあったわけではなく、はっきり言えば何もありませんでしたから、手探りで何かをクリエイトしなければなりません。そんな中で、住宅分野の保険がたまたま当たりました。会社設立1年後の1998年9月、『住宅完成保証制度』を開発しました。『住宅完成保証制度』は、工務店が倒産したときにカバーする保険です。日本の住宅業界は、大手のハウスメーカー以外にもたくさんの工務店があり、実は圧倒的なシェアを占めています。一人親方のようなところまで含めると相当な数です。こういう工務店が潰れたときはどうなるかという疑問が、そもそもの発想でした。
 そして、実際にどう展開するかについて考えた結果、建材店と組むことにしました。建材店のポジションを考えると、建材だけを売っていたのでは他と差別化ができないという事情があります。そこで全国の有力な建材店40社が結集し、住宅完成保証を運営する会社『住宅あんしん保証』が設立され、当社はそのお手伝いに当たりました。工務店に対し、新たなサービスを提供していきたいという建材店の思惑と、保険市場で新たなマーケットを創出しなければならないIIBの戦略とがマッチングしました。この『住宅あんしん保証』傘下には現在、3000余の工務店が取引先です。簡単に説明すると、『住宅あんしん保証』傘下の40社の建材店が保険代理店となり、IIBが開発した住宅完成保証の販売に当たります。相当実績を伸ばし、すでに1万棟ぐらいの成果につながっています。IIBでは、この保証事務の受託やコンサルティング、あるいは一部保険化されている部分の仲介に当たります。また住宅完成保証を通じて囲い込んだ工務店に対し、さらに地盤保証や住宅瑕疵保証制度を開発し、この販売を推進しています。
 ちなみに、『住宅あんしん保証』は、住宅金融公庫の認定保証機関に指定されています。
 
――工務店が支払う『住宅完成保証制度』の1件当たりの保証料とは。
 森社長: 保証料は1件当たり数万円程度でしょうか。保証料は、工務店が自己負担する場合と施主が支払う場合の二通りです。なぜ二通りかと言えば、工務店が仕事を引き受け「(自分は)潰れるかもしれませんが、仮に潰れたときは保証で完工します」と、施主に説明したあと、果たしてこの保証料を施主に支払ってもらうことが可能かといった問題です。
 したがって、通常は工務店が支払うことが多いわけです。ところが、地盤保証制度は「検査の結果は大丈夫ですが、万が一に備え保証に入っておきましょうか」という提案ですから、施主から頂戴することができます。また瑕疵保証制度は「10年間構造躯体を保証します。私たちの技術力は十分ですが、10年間の安心に備えておきましょうか」という提案もでき、施主から頂戴することが可能です。
 このほか、土壌汚染の調査・保証会社であるプロパティー・リスクソリューションに出資し、2003年3月から新たなビジネスを展開しています。この会社は、土壌汚染を調査する一方、保証業務を行い、保証の一部を保険でヘッジする仕組みです。IIBは、保険のお手伝いをします。
 
  従来型販売スタンスからの脱皮
 
――お話しを伺っていると、IIBの事業の相当部分を住宅関連事業が占めている様子が明らかになってきました。
 森社長: 収入の6割強は、住宅関連事業が占めます。保険仲介のブローカレッジと申し込みや保証書の発行に伴うフィーを合わせたものがいわゆる収入ですが、ブローカレッジとフィーの割合が6対4。住宅関連事業とそれ以外の割合が6対4といったところです。
 そのほか、グループ取引信用保険とか、ロイズとの提携により2002年4月から取り扱っている代理店賠償責任保険の仲介手数料です。
 
――2000年12月から取り扱い始めたグループ取引信用保険の仕組みとは。
 森社長: グループ取引信用保険も、住宅完成保証制度と似た考え方で開発しました。一社単独では信用リスクを受け難い会社のグループ化を考えました。例えば繊維であれば、ある業界団体を契約者にします。この傘下の個社バイヤーの信用リスクを担保する保険です。1件ずつであれば保険料は高く、発生するリミットが小さいわけです。つまり、保険で言うところの大数の法則が働かない分野です。ここをグループ化し、保険料を下げ、カバーを大きくしました。現在、期待を上回る売上げを確保しています。
 
――保険を仲介するブローカーのイメージではなくて、新たな保険の枠組みを創造し提案・提供するわけですね。
 森社長: 「こうすれば売上げは伸びますよ」という今までにないアプローチが、住宅では成功しました。建材店で言えば、他社との差別化に役立ち、また工務店を囲い込むことができ、しかも建材の販売にも貢献することが成功の秘訣だったようです。
 「保険を下さい」という従来型の販売スタンスからの脱皮が、受けたと言えるかもしれません。顧客の立場に立つことはもちろん、これをもう一歩進めた顧客起点が欠かせません。すべては顧客から出発するという発想の転換がなければ、ブローカーは生きていけないと思います。単に顧客側というのではなくて、顧客のメンタリティーからスタートすることが大切です。顧客の立場に立つと、保険料は下がり、カバーは広がります。
 とはいえ、これはすでに保険代理店が行っているコンサルティング営業の域です。われわれは、もっと先に進んでいかなければなりません。それが顧客起点の発想です。
 
――公的セクターに販路を伸ばしているブローカーも多いようです。
 森社長: 引き合いは結構ありますが、正直なところ難しいですね。というのも、彼らがコンサルティングに回す資金的な余裕がないことがネックになっています。ある国立大学のコンサルフィーは100万円余ですが、これが国立大学では最高水準です。したがって、採算的に合わないわけです。もう一ケタ大きいコンサルフィーをいただいたとしても、相手にもメリットが出るよう物件でなければ実際のところは難しいようにも思います。
 
――IIBが先鞭を付けた分野に追随して来るケースもあるのではないでしょうか。
 森社長: 確かにそういった事例もありますし、実際にお客さまを取られてしまったケースもありました。しかし、そうならなければマーケットは成長しないという側面を有しており、相手のほうが優れた提案を行ったという事実を謙虚に反省しなければなりません。すっぱりと割り切り、さらに新しいこと、さらによいものを提供することが肝心ではないでしょうか。
 
  強みはより魅力ある商品設計
 
――わが国のブローカー制度は、誕生してまだ10年足らずの新しい販売チャネルですから、制度的な不備や噛み合わせの悪さみたいなものがあると思います。
 森社長: 契約締結権や保険料受領権の問題、あるいは保証金の供託等の問題があります。実務上で最も強く感じることは、保険会社の力があまりにも大きいことです。
 要するに、ブローカーがやるべき業務のすべてを保険会社がやっています。例えばキャプティブの勧めまで行い、自動車メーカーが顧客であればクルマまで販売します(笑)。ブローカー業務プラスアルファの業務を行ったうえ、顧客の株まで保有しているケースもあります。したがって、ブローカーが入り込む余地はなかなかありません。
 ブローカーの定義は、保険の仲介はもちろんですが、保険ではないソリューションもあり、それはキャプティブだったりします。 いわゆる非保険的なアプローチでも提案でき、かつ再保険等も利用し包括的で総合的な提案が可能なことが、欧米ではブローカーの条件です。
 
――とはいえ、ブローカーだからこそできることもあると思います。
 森社長: 強大な力を有するわが国の保険会社ですが、ブローカーに全く優位性がないかと言えば、そうでもありません。保険会社は、この数年間にわたりリストラを行っており、これによりIIBにも何人かの有能な人材が入社しています。そういう人たちとのミーティングのとき、保険会社では自社の商品しか扱えないため、知らず知らずのうちに自分たちの理屈でモノを考える習慣が身に着いてしまうという反省がしばしば聞かれます。
 保険会社における「キャンペーン」は、この象徴的な事例と言えるかもしれません。したがって、保険会社社員と対極的な立場で、 限りなくお客さまを起点に保険を創造することができるブローカーの業務は、果てしなくやりがいがある仕事として感じられるようです。また保険会社1社で実現できない場合は、複数社の商品を組み合わせることにより、お客さまにとってより魅力的な商品設計が可能になります。例えばグループ取引信用保険で例示すると、レイヤー分けを行い、低いリミットをある保険会社に、またある一定以上から上は別の保険会社に、それでもまだ難しければ縦に分け共同保険にするとか、ファンドを組み合わせるような形で、お客さまに対しトータルで魅力的な商品設計ができます。顧客ニーズに応えるため、生・損保含めて20社以上との取引があります。
 
――多くの保険会社と取引関係にあることは、例えば1億円以下の収入保険料であれば、保険代理店の場合には手数料ポイントが低くなり、手数料率も自ずと低くなりますが。
 森社長: それは確かにその通りです。しかし、われわれには失うものがないという強みがあります。今までゼロだったわけですから、是が非でも、たとえ一つでも契約を取らなければならない立場です。手数料率の多少ではなく、特色のある商品で勝負するあるいは保険料が安いといった工夫がなければ契約には至りません。手数料率を考慮した保険販売は、ほとんど考えられません。要するに、ユーザーしだいで保険会社を選び、売上げを伸ばすことが先決です。
 
――グループ外の企業に対する保険販売を主目的にIIBは誕生しましたが、伊藤忠保険サービスとのシェアリングは完全にできるのでしょうか。
 森社長: 当初はグループの内外という仕分けでしたが、伊藤忠保険サービスもコンサル機能を発揮し始め、かなり社外のお客さまが増えています。したがって、たまにターゲットになる顧客が重複することもあります。こうした先については、分野や客先にとらわれることなく、機能で分けていくことが大切です。単純仲介とか、販売はエージェントがやるべきでしょう。IIBは、コンサルティングとか、より川上を担い、全体としての収益アップに貢献したいというスタンスです。
 
  企業側の意識変化が追い風に
 
――わが国におけるブローカーは、商社、銀行、外資の三系列です。日本のブローカーの将来を展望すると。
 森社長: ブローカーは、将来性の観点ではとても有望だと思います。この理由は、企業と保険会社の関係が変わってきていることが指摘できます。まず、株の持ち合い解消が進むことです。また従来であれば、どこの保険会社も料率・条件は同じ中で自社保険代理店を持ち、社員の再雇用や高齢者の受け皿として機能を担っていました。さらに株を持ってもらっている保険会社の保険を販売する構図でした。
 しかし、株の持ち合い解消により、こうした構造が大分崩れてきています。私は1996年に米国に赴き、その7年後に帰国しました。帰国して驚いたことは、お客さまの反応が全く違ったことです。以前ですと、「うちは○○損保との付き合いが長いから」と言っていたお客さまに、顕著な変化がみられました。
 一つには、リスクの多様化や複雑化といった要因があるでしょう。また一つの事故や事件により、かなり大きな企業でも経営が立ち行かなくなる事象や状況があったことも見逃せません。ですから、職域のようなマーケットであれば、自社保険代理店でもいいのかもしれませんが、いわゆるコーポレートのリスク管理はきちんとした専門家に任せようという気運が高まっているように感じます。
 ひと口に言えば、フリーハンドで保険を考える企業が増えていることでしょうか。企業でマネジメントする方たちの間では、米国流の考え方や生き方が増え、また実際に欧米で駐在されていた方も多いですから、ブローカーが一番いいものを持ってくるということがメンタリティーとしてフィットしやすいのかもしれません。私がIIB社長に着任してのち、何社かの企業を実際に訪問し面談しましたが、保険会社にはこだわらない、補償内容を見直してほしいという要請も随分ありました。今後、ブローカーが活躍する余地はかなり増えるというのが率直な感想です。