『小金井通信』 2024年3月 ◆「月刊ライト」2007年10月号
【アーカイブ】 「月刊ライト」2007年10月号 (取材・小柳博之)
「ワイド・インタビュー」
権藤祐司 チューリッヒ保険日本支店 ダイレクト事業本部本部長に聞く
《プロフィール》ごんどう・ゆうじ AIU保険を経て、2006年4月チューリッヒ保険に入社。AIU保険では、営業、データベースマーケティング、コールセンターマネジメント、提携ビジネス等に携わった。1960(昭和35年)年12月福岡県生まれ。早稲田大学卒業。
既成概念にとらわれると、とかく先細りである。とはいえ、闇雲に突き進んだからといって光明が射すわけでもない。
規制緩和後、自由化に一直線に突き進んだ損害保険業界だが、結果はご覧の通り――。〝急がば回れ〟の故事は、誰もが百も承知である。しかし日々の糧を考えると、きれい事に終始することもできず、とかくこの世は難しい。
規制緩和後に逸早くダイレクト販売に軸足を置いた〝チューリッヒ〟だったが、そう簡単に市場変革は進まないもの。権藤祐司チューリッヒ保険日本支店ダイレクト事業本部長に、チューリッヒの現状と今後の展開について伺った。 (取材=編集部・小柳)
――ダイレクト事業本部の現状と今後についてお伺いします。チューリッヒ日本支店では法人向けサービスも提供しており、日本支店の概要も含めてお話ししてください。
権藤本部長: チューリッヒ日本支店は、昨年8月で20周年を迎えました。日本支店は3つの柱に沿って事業展開しており、この柱ごとに事業本部制を敷いています。一つは、私たちダイレクト事業本部です。もう一つは、クレジットカード会社等を経由してダイレクト販売を行うホールセール事業本部です。チューリッヒというと個人向け商品を扱っている印象が強いかもしれませんが、実は保険ブローカーや大手企業物件を取り扱う企業保険事業本部もあります。私たちチューリッヒ日本支店では、個人および法人向けマーケットにサービスを提供しています。
ダイレクト事業本部では規制緩和後、リスク細分型自動車保険の取り扱いが可能となったため、日本国内ではアメリカンホームに次いで1998年にこの分野に参入しました。ダイレクト自動車保険市場は外資系2社が先行し、その後国内社も含めて数社が参入しました。
一方、既存の自動車保険からダイレクト自動車保険への転換は、ボリュームは変わらないもののダイレクト保険会社の収入保険料が大きくなったため、成長率は当初に比べて鈍化しています。
――ダイレクトへの転換が拡大しない自動車保険市場です。これは、チューリッヒに限ったことではありませんが、どうしてだとお考えでしょうか。
権藤本部長: この要因は、日本人の特性によるものです。例えば、保険に対する考え方として、〝去年と同じ補償内容で継続して欲しい〟という要請があります。ひと口に言えば、自主的に保険を選択する傾向が低いことです。
毎年、新たな保険商品や保険会社を選択できるにもかかわらず、多くのユーザーは〝継続〟を選択します。自動車保険は、かつて100%代理店販売で、かつ価格、補償内容ともに横並びでしたから、保険料が高くても或いは事故がなくても、ことさらベネフィットがなくても、ユーザーは毎年契約を継続していました。こうした名残りが今も色濃く残っていると思います。
――ダイレクト保険は、従来型保険に比べると割安感があります。しかし、顧客は価格だけで保険を選択するとは限りません。この辺りはどう打開するお考えでしょうか。
権藤本部長: 確かに対面で物を買うほうが安心感はあるかもしれません。最近は、割り切りのよい考えの人たちも増えています。とはいえ、やはりなじみの保険代理店から購入したほうが安心という考え方は根強いようです。
ダイレクト自動車保険の伸び率が鈍化傾向を示すもう一つの要因は、わが国における自動車の保有台数が頭打ちになっていることも無関係ではありません。この頭打ちは、ライフスタイルの多様化や環境問題をはじめとする脱自動車の動きなどが考えられます。
しかし、こうした環境の厳しさは、ダイレクト事業に限ったことではありません。したがって私たちのよさ、優れた点をアピールしていきたいと思っています。
当社のダイレクト商品は、自動車・傷害・バイク保険の3種目です。
――ダイレクト事業を開始し以降9年ですが、この間の進捗状況についても触れて下さい。
権藤本部長: 事業開始後数年間は著しい伸びだったものの、その後は堅調な動きです。当社の自動車保険のお客さま数は、現在60万件超です。そしてダイレクト事業本部の95%は、自動車保険のお客さまです。お客さまは、コールセンター或いはインターネット経由で契約して頂きます。どちらもほぼ同数です。広告媒体は、新聞、雑誌、テレビ、CS放送、ラジオ、インターネットなど各種媒体を併用しています。
――どういった広告媒体が優れているかを見極めることは案外難しいと思います。費用対効果で考えると、湯水のように広告出稿はできませんね……。
権藤本部長: 昨年の反省ですが、率直に言えば、掛けた費用に対し十分なリターンだったとはいえません。例えば、私たちは〝どの新聞の何月の何曜日に広告出稿すると、リターンはどれだけだった〟というような考え方で、メディアごとに単体で捉える傾向があります。
しかし、よく考えますと、ユーザーは〝夜テレビでCMをみて、翌朝の新聞広告もみて、そして気持ちが固まる〟こともあります。何か一つというより、むしろ複合的な作用により意思決定するほうが普通かもしれません。
ですから、複合的な側面で効果が挙がっているか否か。また地域的にみて、どの地域ではどのくらいのコストが必要か。これに対し、どれだけ競争力を確保できるかを見直しました。この結果、現時点では昨年に比べて大幅に効率が改善されています。
したがって、投資対効果を挙げる余地はまだ残っていると思います。トータルでの広告出稿量は昨年並みですが、売上げは大きく伸びています。
――ダイレクト販売は、一般的に都市部で強く、郡部(地方)で今一つという傾向です。チューリッヒの特徴があれば教えてください。
権藤本部長: 当社の特徴の一つとして、関東地域で強いことでしょうか。しかし、次は九州や東北だったりします……。ですから、必ずしも都市型とは言えないかもしれません。もっとも九州や東北の全てが郡部というわけでもありませんが……。
また、当社の広告宣伝活動だけでなく、例えば他社の同時期、同地域における広告出稿量とも関係しているようです。保険料は地域によって異なりますから、ある車種の無事故等級では当社が一番安いこともあれば、そうでないこともあります。これらは相対的な競争ですから、同じことをずうっとやっていたからといって、同じ結果が出るわけでもありません。
保険料の優位性は、一概に言えない側面がありますから、これ以外で当社の特徴を申し上げると、「JDパワーアジアパシフィック」の顧客満足度調査ではこの4年間ナンバー1を頂いていることです。端的に言えば、顧客満足度が高いことは強みです。
そして、この1年間に他社が行っていない顧客サービスを立て続けに投入しました。
――それは、どんなサービスですか。
権藤本部長: 一つは、「パニックケア」です。交通事故が起きると、たとえ加害者であれ被害者であれ、個人の性格にもよりますが精神的なダメージを受けます。例えば、ダメージが強いと不眠状態に陥り、それが続くと心療内科に罹らなければ治せないレベルに達することもあります。最初の1か月間の処置がとくに肝心と言われます。
したがって、プロのカウンセラーが24時間常駐し、電話或いは面談で対応できるメンタルケアサービスを導入しました。
実は、カウンセリングは、日本人には少し敷居が高いのではないかとも考えました。ところがサービスを開始すると、想定通りに一定の利用があり、やはり悩んでいらっしゃる方たちが多いことが明らかになりました。
この一定という考え方ですが、交通事故を起こすとこのくらいの頻度で精神的なダメージを受け、またカウンセリングを必要とする割合はこのくらいという予測です。
人身事故の加害者或いは被害者になった場合、精神的なダメージが一番大きいと言われます。米国では、9%くらいがPTSD(心的外傷後ストレス障害)になっています。わが国では、こうした統計データはありませんから、米国のデータに沿って予測を立てました。
わが国の核家族化は、今に始まったわけではありませんが、事故後に一人部屋にいて誰にも相談できなければ、やはり悩みは深まるばかりです。加害者になると、被害者から電話が一本入っただけで相当なストレスになります。カウンセリングとは、単に慰めることではなく、ストレスに立ち向かう力をつける或いはストレスはなぜ起きるのかと、そのメカニズムを知らせることです。ひと口に言えば、PTSDになる前に予防しようというサービスです。
もう一つは、「Zステッカー」です。ドライブ中にクルマが故障しロードサービスが必要になったとき、これまでは電話のやり取りで対応していました。ロードサービスのオペレーターは〝どの辺りにいらっしゃいますか〟とその都度場所を特定しなければなりません。
ところが、ユーザーはこの場所を説明するのが殊のほか難しく、山中ではほとんどお手上げ状態です。
お客さまに配布するZステッカーには、QRコードが付いています。QRコードの読み取りやGPS機能が付いる携帯電話があれば、このGPS機能によりクルマが故障した場所を簡単に知らせることができます。またカメラ付き携帯を使い、クルマの状態や事故の状況をカメラで写し、併せて送付することもできます。
難解な説明をすることなく、〝ここにいるからすぐに来て欲しい〟とメッセージできるようにしました。これは、チューリッヒ日本支店による世界初の試みです。欧米各国のチューリッヒからも、この仕組みを活用したいと問い合わせが来ています。
――とても意欲的な取り組みですが、言われてみると〝私にもできる〟という感じです。コロンブスの卵ですね。
権藤本部長: このほか契約者以外でもアクセス可能な「チューリッヒも安心と安全の情報サイト」を立ち上げています。この特徴は二つで、一つは「事故ゼロ教室」のドライブレコーダーの映像です。クルマにカメラを敷設し事故の瞬間を撮影した画像を公開しています。ドライブレコーダーは、安全運転を心掛けるという発想でタクシー業界が導入したものです。この映像の使用が可能になり、定期的に新しい画像をアップすることにより安全運転の意識向上を伝えています。
ドライブレコーダーの利用目的は、もう一つあります。それは、事故の過失割合の参考になることです。事故の過失割合はとても分かりづらいものです。いわゆる肌感覚とは随分異なります。そして自動車事故を起こすと、この過失割合から逃れることはできません。対人・対物事故の別なく、必ず過失割合が加味されますから、この考え方を知っておくことは大切です。
さらに、「事件速報」サイトも開設しました。「事件速報」は、日本中で毎日起こっている不審者や殺人に関する情報サイトです。こうした情報は警察や新聞社のサイトでも確認できますが、これを一元的に地図上で表示しています。
自宅や職場近くの犯罪情報をつぶさに把握できます。暮らしや身の回りの安全についてタイムリーに情報提供しています。オープンサイトですから、誰でもアクセスできます。
――契約者へのサービスの拡充は欠かせませんが、企業としての社会的責任を果たすこと、また保険会社としての使命を全うすることはもっと大切かもしれませんね。
権藤本部長: 〝ケア〟は、チューリッヒのコンセプトです。ケアというと、わが国では介護的なイメージですが、当社ではお客さまに安心・安全な状態で暮らして頂くという意味です。こうした考え方の下に出来ることはたくさんありますが、この1年間では4つの新たな取り組みに着手しました。こうした文化を持っていることは、チューリッヒの強みです。
――外資系保険会社の場合、例えば、〝いつ撤退するか分からない?〟といった根も葉もないうわさや偏見も多いと言われますが……。
権藤本部長: ひと昔前であれば、〝国内保険会社は安泰で、外資系は逃げ足が速い〟といった見方もありました。しかしこの10年来の動きをみると、確かに撤退した外資系保険会社もありますが、破綻した国内社もたくさんあります。そういう意味では、遜色ないと思っています。
保険会社を選択する尺度は、商品やサービスばかりではなく、財務基盤や経営の健全性も大切な要素です。お客さまは最近、格付を重視するようになっています。こうした面でも引けを取りません。
――銀行での保険販売(銀行窓販)の全面解禁がそろそろ視野に入って来ました。全面解禁関する賛否はさまざまですが、チューリッヒでは、どういう位置付けですか。
権藤本部長: 販売する金融機関の目線で考えると、〝これまでは生保の年金型商品を主体に販売してきたが、これは売り切りだったからやって来られた〟という思いがあるはずです。例えば、銀行に預金するよりもメリットはあったと思います。
しかし、自動車保険となると、話は少し異なるかもしれません。例えば、クルマの買い替えは人にもよりますが、4、5年のサイクルです。こうしたときには、契約の途中で各種変更手続きが伴います。
さらに、毎年、継続の案内も行わなければなりません。もちろん保険料も毎年違ってきます。金融機関は多種多様なサービスを行っていますが、こうした中でこのようなきめ細かなサービスを提供することが可能かどうか。そしてこうした作業に見合う手数料かという問題もあります。自動車保険は複雑な商品ですから、コンプライアンスや説明責任も問われます。
したがって、全面参入には、腰が引ける金融機関もあると思います。とはいえ、全く取り扱わないという選択肢は取りづらいでしょうから、私たちダイレクト系保険会社と組むことがベストではないかと思います。
具体的に言えば、広告・宣伝はそれぞれの金融機関に担って頂き、実際の見積もりや契約、或いは契約内容の変更(異動・継続手続き等)や事故対応については、コンプライアンス上のリスクを含めてその大部分を当社に任せて頂くという方式です。このほうが安心して自動車保険の販売に取り組んで頂けると思います。
ですから、ダイレクト系保険会社はライバルではありません。〝ダイレクト系こそ、安心してお客さまを直接担当するに相応しい保険会社ではないでしょうか〟と、金融機関にアピールしていきたいと思っています。
――いわゆる金融機関向け商品開発を行い、供給するのでしょうか。
権藤本部長: その必要はとくにないと考えています。自動車保険は、どこかで購入する必要がありますから、第一ステップでは現在の商品を販売していきます。金融機関とは代理店契約を結び、いわゆる媒介代理店になって頂きます。
保険引き受けは、通常代理店が行いますが、支払いまで含めて当社に一任して頂くほうがリスクは少なくなります。確かに手数料は、自前で引き受けを行うのに比べて少なくなりますが、安心して保険販売するには私たちダイレクト系保険会社と組むことは有効です。金融機関にとっては大事なお客さまですから、満足度の高い保険会社を選ぶことが賢明です。
ダイレクト保険会社の強みは、全国どこでも場所を選ばないことです。
――こうした業務を行うのはコールセンターですが、コールセンターの要員体制や業務分担についても教えてください。
権藤本部長: フルタイムで働く人たちばかりではありませんが、トータルでは400名超です。コールセンターは、東京・調布と大阪・千里にあります。365日稼働で、年末年始を除き朝9時から夜10時まで受け付け業務を行っています。
ただし、事故受け付けは、調布の事故受付センターで、24時間体制で受けています。ですからロードサービスには、休日や祝日、深夜でもすぐにつながります。
オペレーターには、基本的にマルチスキルを目指してもらいます。複数の業務をこなせるよう育成しています。しかし経験が必要ですから、最初からというわけにはいきません。
ただし、事故受付と損害サービスについてはある程度の専門性が必要ですから、担当制を敷いています。
――損保業界はこの2年来、付随的な保険金の支払い漏れで迷走しています。チューリッヒの状況についてお伺いします。
権藤本部長: 当社でも、こうした事例はみつかりました。とはいえ、相対的にみると発生比率の低いグループに属しています。しかしお客さまからみて、分かりづらい特約もあること、また約款の複雑さには外資系も国内社も大差ありません。これは変更しています。幸いダイレクト商品は、特約その他を含めて通常の保険商品に比べて簡潔です。つまりWebサイトでも、電話でも分かって頂ける簡略化した商品概要です。
また、お客さまが一読してすぐに理解して頂ける文章を心掛け創意工夫しています。とはいえ、そう簡単ではありません。各種書面を何度でも作り変え、一層分かりやすいものにしていきたいと思っています。
――今後の事業展開で補足すべき点があれば付け加えてください。
権藤本部長: ダイレクト事業本部、イコール個人保険という考え方で、これまで事業展開してきましたが、個人と大企業の間には個人で意思決定できる中小企業がありますから、こうした分野についても商品提供していきたいと考えています。
こうした一環として、今年2月には飲食・レストラン向けパッケージ商品のインターネット発売に踏み切りました。