『小金井通信』 2024年2月1日

 昨春、外資系保険会社元役員と意見交換する機会を得た。ワールド・ワイドなフィールドで保険事業に携わった同氏は、わが国保険業界を概観する一方、今後の保険市場及び保険代理店のあり方にも言及し、「潜在顧客発掘は直販やインターネットでは困難」、「リスクマネージャーとしての保険代理店価値を再評価するべき」、「顧客及びマーケット優先のバリューチェーンの構築が不可欠」と自説を唱えた。この論旨を『外資系保険元役員の一考察』として要約した。                     (取材・小柳博之)

●保険会社の役割及び保険商品のあり方
 生保と損保は全く別物です。生保は相対契約であり、保険会社と顧客の関係です。自由度があり、広義ではどんな保障内容でも設計出来ます。
 一方、損保は第三者が介在します。第三者が介在するため、社会の枠組みや法律の影響を受けざるを得ません。非常に複雑であり、難しいと言えます。この違いを理解出来るか否か、そしてマーケットを理解しなければリスクを取ることは出来ません。
 保険とはそもそも何かですが、保険はなぜ金融の枠組みかと言えば、社会のインフラ機能を担うからにほかなりません。またファンディング(財政支援・資金調達・財源)機能も担います。ファンディングは、誰かが誰かのためにファンディングします。ところがリスク細分型の色彩が強くなると、ファンディング出来なくなります。
 火災保険で考えると一目瞭然です。風水災リスクの高い西南地域や都市の高層マンションは、リスクに応じた保険料を支払わなければなりません。この結果、保険料が膨大に及ぶと、保険料は自ずと支払えなくなります。リスクの低い地域や場所の人からすると、リスクの高い人のために高額な保険料は支払いたくありません。これをどうバランス調整するかですが、リスク細分型保険は混乱を来します。また、西南地域の山崩れと高層マンションの火災では性格が異なります。したがって、実質的な損害の内訳を詳細に洗い出す必要があります。
 日本の保険業界の発展には、日本の固有事情である戦後が大きく影響を及ぼしたと思われます。第二次大戦で焼け野原になった日本では、戦後復興は大きな社会課題だった訳です。そのため、インフラ産業を支援する金融業を逸早く立ち上げ、経済を復興させなければならなかったわけです。保険業界、とりわけ生保業界は、戦争未亡人の生活を支援するため、多くの生保レディーを採用しました。損保業界は、住宅やビルの建設、モータリゼーションや海外旅行の解禁に対応するとともに、各種産業の立ち上げを支援しました。
 政府は、経済社会を復興させる成長・発展の絵を描き、損保の根幹を担う料率算定を主導し、損保に同一商品を同一価額で取り扱うことを求めました。損保業界の使命は保険を普及させることで、護送船団の名の下に本来あるべきリスク管理能力より、販売を優先し発展してきた歴史が垣間見えます。
 SDGsやAI/ChatGPTなどグローバルに大きく変化する今、損保業界に問われるのはリスク管理能力です。1997年の金融ビッグバンにより、外形的には護送船団から解き放たれそれぞれの保険会社が独自のマーケットとリスク管理能力を梃に成長し、国民や法人に資することが期待されました。外資系保険会社を中心に商品や販売方法の変化が多少現われたものの、3メガを主体とした国内損保業界は未だに横並び目線が残っていると感じます。
 法人ビジネス領域では今後、新たなリスクが次々に出現するはずです。自動車の自動運行化では、個人のリスクからPL(生産物賠償責任)など法人リスクに移って行くことが予見されます。現在、保険会社が立て替えている求償権回収も、規模が大きくなれば資金繰りに問題が生じ、被害者救済が遅れることも考えられます。そのため、政府を巻き込んだ仕組みが必要になるかも知れません。
 『9.11』テロ事件が起きたとき、ある米国系保険グループは、政府にテロ対策のプールを組成することを仕掛けました。3メガ損保にはそうした能力があると思います。
所属した欧米系保険グループでは、①リスクを先読み・理解し、②関連マーケットを把握し、③リスクモデルを構築し、ビジネスに変える専門機能がありました。ところが3メガ損保では、組織的にこうした機能やミッションを担う機能が置かれて来なかったと思います。未だに営業がリード役になっているように見えます。ここに変革と成長の余地があると思います。
 個人マーケットは、自動車・火災・傷害保険、死亡保険(生・損保)が基本カバーであることに変わりないと思います。ただ、もっと顧客を理解し、百人百様の補償が受けられるようプロセスやカスタマー体験をデザインする必要があります。大事なことは、本当の顧客本位主義を確立することです。意向把握が要求される現在、顧客やその環境・生活信条などを深く理解しなければ本当の意味での意向把握は出来ません。
 単に申込書にレ点を入れてもらうだけの作業では、価値は産まれません。自動車保険を売るには自賠責保険を説明する必要があり、医療保険を販売するには国民健保の説明が欠かせません。DXが日々進化する現状に照らし合わせ、意向把握も含め長文で難解な約款や重要事項説明を短時間で分かりやすく可視化出来る方法があるはずです。
 個人マーケットでも、セグメンテーションは不可欠です。どのような人たちをどのようにサポートするのか、という目線が持てるか否かで保険会社の価値が決まってくると思います。母子・父子家庭や障碍者、高齢者などサポートを必要としている人たちはたくさんいます。
 従来、保険の対象になり難かった人たちに対して、どうすると保険の枠組みに組み込むことが出来るかの目線で知恵を絞り、社会課題に挑戦する保険会社は素晴らしいと思います。保険商品は、その思いを言葉で表したものと理解します。
 人のライフサイクルを理解し、様々な局面でどのようなリスクがあり、どのような補償が必要なのか、またサポートが必要なのか、いわゆるエコシステムを設計・設定することが求められます。保険会社は、保険金を支払うことでその時点でリスクを遮断することが基本ですが、エコシステムでは様々な周辺領域でどのようなパートナーと提携するか、自らが実損填補としてリスクを取るのか、顧客に対するコミットメントの違いにより設計が変わってくると思います。顧客から見た価値として、どちらがより信頼を与えるかは一目瞭然です。
 
●保険会社と販売網の関係及びマーケティング
 損保業界は、戦後の特殊事情を背景として護送船団方式で発展してきました。販売競争を勝ち抜くため、とにかく保険代理店を増やし、自動車ディーラーなど顧客がいるところは全て保険代理店として取り込みました。
 また、新商品とキャンペーンを、保険代理店を動かすためのインセンティブとして活用してきました。保険会社は商品作りを担い、保険代理店は販売を担う構造です。効率化のため、保険代理店の選別や集約化は当然のように行われてきてました。こうした保険会社と保険代理店の役割は、基本的に変わっていないと思います。大きな変革は行われず、顧客から見た価値も変わってはいないと思われます。全ては、保険会社都合の進展です。
 法人マーケットも、戦後の特殊な要因から営業活動は、①財閥グループ、②株式の持ち合い、③バーター取引などを梃に発展してきました。金融ビッグバン以降のマーケットの健全化や近代化、ガバナンス・コンプライアンス意識の高まりにより、こうした古典的なマーケティング活動の価値が低滅するのは自明です。法人ビジネスは、基本的に保険会社がこれら行動を通じて顧客企業に当たり、成果は機関代理店に付与してきました。
 日本における機関代理店の役割は欧米と異なり、先進的なリスクビジネスになっておらず、契約の管理業務や保険会社の窓口機能を担います。機関代理店の役割やあり方については、1990年代の日米保険協議で議論されたと記憶しています。新たな保険会社と販売網の関係は、従来型の製販分離ではなく、両者共通の価値観を共有し、それぞれの役割を通じて顧客にその価値を届けることです。
 つまり、リスクビジネスを行う共通認識の下に、両者が顧客中心主義を貫けるかどうかです。この実現には、従来型の商品ありきの発想から脱却し、顧客・マーケット優先のバリューチェーンの構築が欠かせません。
 併せて、顧客を理解するためのセグメンテーションを行わなければなりません。上位から見ると、中堅・大企業、中小企業、個人です。それぞれマーケット特性が異なり、リスクも違います。したがって、リスクを見る能力、管理する能力も異なります。
 中堅・大企業の場合、保険会社には大きな引き受け能力や特殊リスク、起きつつあるリスクに対するピンポイントなソリューションの提供が要求されます。一方、ブローカーや機関代理店によるリスクの予見や管理能力の提供が不可欠です。
 中小企業の場合、企業特性を踏まえた広範なソリューションの提供や、個々の企業のリスクマネージャーとしての保険代理店の活用とそれを実現するための保険会社の関与が欠かせません。
 個人の場合、DX/AIが進展する中で保険代理店の価値を再定義する必要があります。
 単なる商品説明や契約手続き支援は、DX/AIで代替されます。顧客の理解が得られる顧客目線から保険提案を行い、ライフサイクルを通じての価値の提案や顧客との接点を強化する信用・信頼を構築するべきです。
 こうした保険代理店の価値を実現するためのプラットフォームや、エコシステムを提供することが保険会社の新たな役割です。直販やインターネットでは、潜在顧客の発掘は難しく、コストも高くつきます。保険代理店価値の再発見を行うべきです。