『小金井通信』 2024年2月8日 ◆「月刊ライト」2008年2月号

【アーカイブ】  「月刊ライト」2008年2月号   (取材・小柳博之)


「ショート・インタビュー」

 チューリッヒ保険日本支店  小関誠 日本における代表者兼CEO

おぜき・まこと 1975年(昭和50年)10月AIU保険に入社。AIG/AIUニューヨーク本社での2年半の勤務等を経て、1988年8月AIGKK監査部部長(AIG日本および韓国担当)。その後、1989年8月にはソロモンブラザーズアジア証券に入社(バイスプレジデント経営管理担当)。そして1991年10月からAIG経理担当アシスタントバイスプレジデント兼AIU経理・財務本部長、1999年2月AIG極東地区担当チーフファイナンシャルオフィサー兼シニアバイスプレジデント、2004年7月AIGスター生命チーフファイナンシャルオフィサー兼オペレーションズオフィサー兼専務取締役等を歴任。2005年12月チューリッヒ・インシュアランス・カンパニー(チューリッヒ保険)日本支店入社(CEO代行兼CFO)、2006年4月同社日本における代表者および最高経営責任者(CEO)。1951年(昭和26年)5月東京生まれ。東京都立大学経済学部卒。学生時代、技術者の固まりと知らずに、重工業に職を求めた。「文科系の技術とは果たして何か」と思案した末、「英語と会計」を独学で学び保険会社へ転職。経理・財務以外の業務にも携わり、チューリッヒへ。スポーツジムでリフレッシュするのが週末の習慣。          (取材=編集部・小柳)


●小関さんは、経理・財務部門のスペシャリストとして30年超にわたって外資系保険会社の業務に携わってきたわけですが、チューリッヒでは経営的な観点での業務の遂行も要求されます。どういったビジョンを掲げていらっしゃるのでしょうか。
小関CEO チューリッヒ保険は現在、私がAIUに入社した1975年当時と同程度の保険料規模です。チューリッヒ日本支店は損保が約430億円、生保が80億円ほどです。在任中には叶わないとしても、将来的にはAIGに匹敵する事業規模まで伸展させたいというのが私のモチベーションです。
 私がAIGに入社し最初に保険に携わってから今日に至るまで、業界はさまざまな変遷を遂げ、市場環境が急激に変化する中で保険ビジネスの様は大きく変わりました。その激動の時代に保険ビジネスに身を置き、積み上げてきた多くの経験と知識が今日の私の糧となっています。
 多くのチャレンジとさまざまな出会いを重ねてきたAIGでの勤務も長期に及び、これまでの私の経験と知識を最大限に活かせるさらなる挑戦に臨んでみたいという気持ちがチューリッヒに来るきっかけとなりました。
 とはいえ、チューリッヒに目新しい何かがあったというわけではありません。自動車保険の通販については、AIG時代にアメリカンホームダイレクトの立ち上げに携わっていましたから、ビジネスモデルは知っていました。
 そして、チューリッヒに来てから、いくつかのポイントを発見しました。会社の歴史が比較的浅いせいか、社員は成長途上であり、「これからの会社」という感触を得ました。
 翻っていえば、社員は若く、学ぶことに貪欲でした。また素直な反応が返ってきました。「そんなの関係ない」と斜に構える社員が多いと、会社運営は難しいものです。この貪欲さを生かす施策が肝心だと思いました。
 きちんとした戦略の下に、基本的なフレームワークを導入し、マネジメントやリーダーシップを発揮できるようにすれば、必ず伸びるとの確信を得ました。
 チューリッヒグループのスタンスは、「日本のマーケットは日本人が執行するべき」という考え方です。つまり中国では中国人、南アフリカでは南アフリカ人という現地主義に基づく経営であり、とても勇気付けられます。これは、チューリッヒのグローバル戦略の優れた一端です。
 AIG時代は、とても強い組織とマネジメントをベースとして業務を遂行していましたから、チューリッヒのような成長途上の組織や人材には保険会社としての基礎体力を備える必要がありました。
 
●チューリッヒ保険に携わってちょうど2年ですが、この2年間を振り返ると……。
小関CEO 1年目は基礎的なフレームワークについて、たとえば保険会社のビジネス商品の基本からガバナンス、コントロール、マネジメント等についてまで着手しました。マネジメントとは予見する力です。今抱えている問題はある程度だれでも解決できます。しかし、これから何が起こるかを予見するとなると、そう簡単ではありません。
 つまり、どれだけ遠くが見えるかがマネジメント力です。そうした視線で業務にあたるよう奨励してきました。
 チューリッヒは、通信販売の自動車保険を主力とするダイレクト事業部門、クレジットカード会社や通販会社との提携により傷害保険を扱うホールセール事業部門、企業保険事業部門の3つを柱として事業展開していますが、この3部門は過去において独立した会社(事業本部)のような感じでした。事業本部自体、問題があるわけではありません。物事を早くスタートさせ成長させるには、各事業本部のトップに全権を与え機動性を持たせることは理に適っています。
 しかし、一定規模に達した会社になると、自ずと限界がきます。ですから、この枠組みを全て取り払い、各々のサブカルチャーをできるだけなくし、再構成した上でコントロールを強化しました。
 その具体的な方策として、外資系保険会社に対して国内保険会社と同等のガバナンスを求める昨今の監督官庁の意向に鑑み、取締役会および経営会議に代わる組織としてマネジメント・コミッティーを設置し、重要事項の決定機関として位置付けを明確化することによって、従来の事業本部ごとの決済による縦割り組織の弊害を排除し、社内組織・業務等の横串管理を実行しました。
 チューリッヒの日本における規模は決して大きいとはいえませんが、グローバルでは世界第4位の規模です。ですから、この力をフル活用することが肝心です。したがって本社と意思の疎通をよくすることは不可欠です。ここに力を注ぎました。
 また、外国人と日本人が混在する組織は、それだけ労力が必要です。それだけに、そのよさを生かさなければ骨折り損です。日本人寄りでも外国人寄りでもなく、ベストミックスを心掛ける中で本社の力を最大限に活用する施策が肝心です。バランスシートを整え、オペレーション体制をあるべき姿に変え、これによって負の要因を一掃しました。いわゆる基礎固めの断行でした。
 2007年は、こうした基礎固めによって成長基調へと転換を図りました。とはいえ、過去のさまざまな問題点を一夜で払拭することはできません。一つひとつをつぶした1年でした。2008年は、さらに精度を上げ、確かな成長の感触を得ることができるようにしたいと思います。
 
●この10年来を振り返ってみると、外資系保険会社は撤退と新規参入の繰り返しでした。お客さまにとって外資新規参入のメリットよりも、参入後の撤退のデメリットやリスクのほうが殊更に喧伝されてきたようにも思いますが……。
小関CEO 私は、社員に「チューリッヒはなぜ日本で営業展開するのか」と問いかけます。もちろん私自身にも意識付けは必要です。チューリッヒグループによる日本における実績は、生・損保合算で500数十億円規模の保険料収入です。要するに、この規模で国内大手保険会社やAIGと同様の事業展開を行っても、その存在意義はないに等しいと思います。
 私は、この業界に30数年間携わってきました。そしてまだ達成できないこと、またチャレンジしていないこともあります。こうした課題を克服していきます。実は、保険業界はお客さまの目線から一番遠いところに位置しているのではないでしょうか。
 こうした観点で考えると、チューリッヒはダイレクト販売ですから、とてもお客さまの近くにいるわけです。代理店販売の特徴を考えると、保険会社の委託方針に基づき業務を行うことです。そしてお客さまに対応するのは代理店であり、お客さまが種々の照会を行うのも代理店です。ですから保険会社は、お客さまのありのままに触れることは困難です。
 その点、お客さまに直接対応する当社は、お客さまの意向を肌で感じることができます。その一方、自らが怠ると、何も得ることはできません。お客さまを失うのみです。つまり主体的である限り、ダイレクトマーケティングは優れています。顧客目線で、この可能性を追求していきます。
 
●フルラインの商品販売や代理店販売に長く携わっていると、ダイレクト販売に特化すること、あるいは自動車保険主体の商品販売にある種の物足りなさのようなものは感じませんか。
小関CEO 私たちは、どうして通販でコンバインドレシオが100に近い自動車保険を販売するかを考える必要があります。たとえば数百億円程度の保険料収入のボトムであれば、あるいは米国債を買ったほうがリスクは少ないという考え方もあります。
 では、どうして自動車保険を販売するかといえば、それはカスタマー・データベースを作り上げるためです。自動車保険は必需品であり、お客さまが買い求めに来られる稀な保険商品です。ですからダイレクト販売にうってつけの商品です。しかし収益性は低いわけです。
 したがって、これは、カスタマー・データベースを作り上げるコストと考えればよいわけです。社員には、自分が作った保険料率に負けないよう叱咤しています。要するにコンバインドレシオ「95」で走るという考え方です。これが最低限の目標です。これに満足しているわけではありませんが、まずカスタマー・データベースを作り上げ、ここに他の収益性の高い商品を提供していく戦略です。
 
●自動車保険分野は、将来的には魅力に乏しい先細り分野ともいえますが……。
小関CEO 現在、大きな保険料シェアの保険会社にとっては確かにそうです。しかし当社の売り上げ規模からすれば、とても有望な市場にほかなりません。自動車保険のシェアは、保険業界全体では横ばいから減少傾向で推移しています。
 ダイレクト保険は、大手社の減収分を吸収する形で推移しています。とはいえ、現在のマーケットシェアは4%前後です。まだまだ伸展する余地は残っています。
 
●通販の弱点は、顧客との接点が1年に1度ということですが、こうした課題はどのように克服するお考えでしょうか。
小関CEO 毎月何らかの形でお客さまとコミュニケーションを図る方策を模索しました。それがメールマガジンだったり、あるいはWebサイト上に仕掛けを作ることだったり、です。ダイレクト販売を通じての顧客数は60万人以上ですが、これはバランスシートには表れません。しかし、これはアセットです。そして利益を生む基盤です。私たちはこうした方向で業務展開しています。
 また、クレジットカード会社や通販会社との提携により傷害保険を扱うホールセール事業部門は、提携先のお客さまを対象とした事業ですから、そのお客さまに当社が直接的に働きかけることはできません。企業保険事業部門は、主として大企業をお客さまとするビジネスであるため、現在、いわゆる中小企業に十分なアプローチができません。今後中小企業という市場を強化していくことを今考えています。
 当社は、インターネットで取り扱う業界唯一の中小企業向け商品「スーパービジネス保険」を開発しました。これは、ぐるなび等の業者と提携し、この加盟店向けのコミュニケーションツールとして活用していただくことができます。プッシュ商品は、自動車保険と違ってインターネット販売では自ずと限界もありますが、中小企業マーケットは魅力溢れる市場ですから、当社の強みを生かしながら裾野を広げていきたいと思います。
 
●わが国の95%は中小企業と考えると、中小企業といっても随分幅がありますが……。
小関CEO 従業員10人未満です。こうしたマーケットでは、賠償責任保険や福利厚生プランのほか、経営者の自動車保険、火災保険といった具合に進展させていくとさまざまな収益につながる可能性が見出せます。
 
●昨年末には、銀行窓販が全面解禁となりました。チューリッヒでは今後、銀行を主力チャネルと位置付け展開すると伺っていますが……。
小関CEO 銀行窓販では、年金保険分野の販売が主力です。ひと口にいえば、損保販売はあまり行われていません。しかし自動車保険は必需品ですから、当社の強みであるインターネットとコールセンターを活用すると、銀行の説明負担が大幅に軽減されます。銀行にとって、顧客サービスの一環として自動車保険を提供することができるモデルを導入する方針です。
 端的にいえば、ボリュームには重きを置いていません。ネットバンキング嗜好のお客さまにそのオプションの一つとして、自動車保険を提供するといった考え方です。自動車保険の窓販に前向きな銀行もいくつかありますが、年金商品のように爆発的に売れるとは思っていません。でも、じわじわと伸展していく余地は十分あると踏んでいます。
 
●爆発的に売れると嬉しいですが、それがリスク要因となることもしばしばです。
小関CEO その通りだと思います。どれほど爆発的にヒットしても、翌年も同じだけ売れるという確証はありません。銀行窓販では、銀行業界の取り組み姿勢を考慮しなければなりませんし、インフラの整備や教育、人的手当ても必要です。これは固定費となります。それらの必要コストを上回る実績を残していくことが今後の課題です。