『小金井通信』 2024年5月 ◆「月刊ライト」2007年10月号

【アーカイブ】「月刊ライト」2007年10月号  (取材・小柳博之)


「ワイド・インタビュー」
  山下尚三井住友海上常任監査役に聞く
 
〈プロフィール〉やました・たかし 昭和44年4月大正海上入社。平成12年6月執行役員取締役社長室長、13年10月三井住友海上取締役執行役員金融サービス本部副本部長兼金融サービス本部金融事業部長、14年6月常務取締役常務執行役員金融サービス本部長、16年4月専務取締役専務執行役員金融サービス本部長、17年4月取締役副社長執行役員金融サービス本部部長。18年4月特別顧問を経て、19年6月常任監査役。早稲田大学商学部卒業。昭和21年7月生まれ。


――山下常任監査役は、副社長を退いたのち特別顧問としての充電期間がありました。会社人間から解放されどんな1年だったでしょうか……。
山下常任監査役: 私は、昨年3月末で会社人生にひと区切り付きました。〝これで自分の時間が持てる〟というのがこのときの偽らざる率直な気持ちです。
 しかし、特別顧問になったからといって、外との関係が一切なくなるわけではありませんから、そう簡単ではありませんでした。
 また、退任後、ご承知の事態を招来しました。特別顧問も役員の一端をなしている一人ですし、まして自分の現役時代に起因した事態でしたから、真摯にこれまでの業務のあり方を省みる日々であったことも事実です。
 私は、(三井住友海上の)合併協議に携わった一人ですから、自分の来し方について振り返ることは多々ありました。全てよいこと尽くしとは言えないものの、この合併は会社に進取の精神をもたらしたと思っています。
 昨年の業務停止処分は、これまで成長し続けてきた会社にとって、一度立ち止まって振り返るよい機会であると捉えています。
また、経営陣も一新しましたから、新体制を支えるべく、かげながら努力していこうと思っていました。
 さらに、特別顧問を退くと、今度は完全に自由な時間がやってきます。この準備にも着手したところでした。
 
――準備と言いますと、例えば何を準備したのでしょうか。
 山下常任監査役: 「絵三昧の毎日もいいなあ」と考えました。道具をそろえながら、数枚絵を描きました。
 絵は、小さな頃から好きでした。高校生のときに美術の先生から油彩画を勧められ、たまたま描いた絵が高校生を対象とした美術展に入選しました。
 次第に、芸大に進みたい!と思うようになりました。しかし父から、「絵では飯は食えない!」と一喝されました。結局、早稲田大学に進学しました。こうした思い出もあり、いつか絵を描いてみたいと思っていました。
 
――やがて、損害保険業界の合従連衡がいったい何をもたらしたかを検証するときがやって来ると思いますが……。
 山下常任監査役: 保険金融業界は、銀行の不良債権問題や規制緩和の流れの中で大きく変化しました。こうした環境変化の中で、銀行や、保険会社の統合、再編が次々と実現していく一方で、相次ぐ企業不祥事の発生により事業運営の公平性や透明性が厳しく問われ、市場の信頼失墜が市場からの退場につながりかねない状態になっています。
 合従連衡した企業や企業グループは今、リスク管理や、内部統制の仕組み作りとその実効性ある行動変革に取り組んでいる最中でしょう。その意味で、この質問の合従連衡がもたらしたものを検証する、まさにこれからが正念場になると思います。
 われわれ損害保険会社も、この10年の間に大再編が行われました。そして競争環境も大きく変化しました。加えて、市場から業務品質を厳しく問われ、そのための大変革に取り組んでいる最中です。改めて、お客さまの立場に立った仕事のあり様とはどんなものか、お客さまに喜んでいただける商品・サービスのあり方はどんなものか、そこに逸早く〝解〟を見つけ出し、実行に移すことが競争力の源泉になると思います。合従連衡の評価は、それからでしょう。
 
――今回、常任監査役に選任されましたが、この思いを今後経営にどのように反映していくお考えでしょうか。
 山下常任監査役: 監査役は、事業運営のブレーキ役ではありません。監査役は、教科書的に言えば「取締役の職務執行を監視する役割」ですが、私風に言えば、企業の成長実現という大役を担う取締役は量的にも質的にも大きなリスクを負っていることを踏まえると、「そのリスクを違った目で検証し、必要なアドバイスを行う役割」でしょうか。
 そのため、重要な社内会議にも参加し、国内・外拠点の往査も行うことです。9月から役員ヒアリングや部支店往査に回ります。
 また、経営トップとも年に何回か意見交換も予定されています。こうしたヒアリングで得たものを経営にトスアップできればと考えています。
 経営と監査役の関係は、法で定められた権利や義務を越えた密接なコミュニケーションが最も大切だと思っています。
 私は、新米監査役ですから、これから学ばなければならないことが山ほどあり、今は自分の時間を作る余裕はないというのが正直な気持ちです。
 
――日本版SOX法の施行など企業を取り巻く環境は厳しくなる一方ですが……。
 山下常任監査役: おっしゃる通りで、日本の企業ではまだまだ社内における監査役の立場は微妙でありながら、責任も重く、難しい仕事になっています。
 こうした法律は、会社が成長するための土台であるとの認識の下、仕事をしていきたいと思っています。
 要するに、会社が成長し、経営に新しいリスクに果敢に挑戦してもらう布石となるよう心掛けていきたいと考えています。
 
――山下常任監査役から見て、昨年の行政処分以降〝三井住友海上はこう変わった〟と実感する部分があれば、指摘していただきたいと思います。
 山下常任監査役: 会社は今、〝お客さまの視点を基軸〟に商品開発・販売・保険金支払いまでのプロセス全体にメスを入れ、大改革を行っているところです。会長、社長を筆頭に相当なスピードで取り組みを進めています。
 外からは見えづらいとは思いますが、こうした取り組みを続けると、この2、3年で当社は大きく変貌することが可能です。期待していただきたいと思います。
 こうした取り組みを断行する上では、苦しい局面もあるかもしれませんが、役職員全員が歯をくいしばって頑張るしかありません。
 また、こうした改革のときは、監査役の役割も大事だと思っています。
 経営陣は、相当な覚悟と情熱を持ち取り組んでいます。ステークホルダーのみなさまには、計り知れないご迷惑をかけてしまいました。
 少し大げさなようですが、〝大きな変貌を遂げなければ生き残れない〟との覚悟です。
 
――確かに、そうした気持ちで全社的に取り組んでいくことは大切だと思います。しかし、仕事には自ずと役割があります。先を見て、成長戦略を練る人たちも必要ではないでしょうか。
 山下常任監査役: その通りです。企業は、成長を止めては駄目です。たとえどんなときでも、成長戦略を考え、実行していくことが当社の強みです。
 内部管理態勢を強化することは言うまでもありませんが、縮み思考は健全ではありません。企業や経営が縮み思考になったときは、市場退場と同義です。
 当たり前のことですが、株主はじめステークホルダーから成長戦略の策定・実行を経営のプロとして付託されている以上、これを真摯に、着実に実行していくことが必要です。
 成長のドライバーをどこに求めるか、それは業種や企業によってまちまちですが、損害保険会社の成長ドイライバーは、なんといっても人材(人財)でしょう。前向きで、やる気のある人財をどう育てられるかが経営の要です。